Project #2「豊かな日本の森を育む政策づくり(文化づくり)をはじめよう!」についてのお知らせ

アースフォレストムーヴメントの活動をご支援、ご協力下さっている皆様へ
 
 いつもアースフォレストムーヴメントの活動を見守って下さり、誠にありがとうございます。2017年12月に発足した非営利グループであるアースフォレストムーヴメントも、おかげさまで2年目を迎えることができました。心より感謝申し上げます。
 
 今回、皆様にひとつお詫びしなければならないことがございます。
 当サイトに掲載している『ふたつのプロジェクト』にある「Project #2 豊かな日本の森を育む政策づくり(文化づくり)をはじめよう!」の計画スケジュールを大きく変更せざるを得ない状況となりました。
 
 以下に引用させていただいたサイト掲載文の中にもございますように、このプロジェクト「Project #2 豊かな日本の森を育む政策づくり(文化づくり)をはじめよう!」は、『市民参加型の「国会議員とともに真剣に協議する場」を2019年より年1回企画します。』との宣言の下、開始されたプロジェクトです。しかしながら、企画責任者である私、松田卓也の都合により、予定通りの実施は困難と判断しました。2019年中、様々な可能性を最後まで模索して準備を進めてまいりましたが、私自身の時間的な問題や、まとまった寄付を受けない活動スタイルから始まったことによる予算的な課題(経費削減の必要性)などの理由により、予定通りの実施を見送らざるを得ない状況となりました。
 当計画の準備にご協力下さっていた方々、見守って下さっていた方々、本当に申し訳ございません。
 
 今後の「Project #2 豊かな日本の森を育む政策づくり(文化づくり)をはじめよう!」の実施予定については、今のところ未定です。しかし、日本の森の現状を変えるには、いずれ森林政策を根本から変える必要があるという当初からの考え方に今でも変わりはございません。たとえ何年かかっても実現するだけの価値のある課題であると私たちは今でも考えております。まだまだ今は、未確定なことの多いプロジェクトではありますが、今後も誠実に日本の森林再生を目指して、活動を継続する気持ちでおります。
 引き続き、当プロジェクトの遂行に向けて、ご協力いただければ幸いです。
 
アースフォレストムーヴメント 松田 卓也
 
 
(以下、サイト掲載文より一部引用)
 
国の政策づくりを仕事とするすべての国会議員に対し、土砂災害対策をはじめ日本国内におけるあらゆる森林保全対策の総合的充実を継続的に提言します。また、市民参加型の「国会議員とともに真剣に協議する場」を2019年より年1回企画します。
 
いつの日か、ここで育まれた知恵と工夫と努力のひとつひとつが結び合わされ、日本の森を劇的かつパワフルに改善する大きな底力になることを願って。
 
(引用ここまで)

ジャーナリズムと森

グレゴリオ暦で定められた1年が、今年も終わろうとしています。
グレゴリオ暦とは「ローマ教皇グレゴリウス13世の命令により、1582年から使われている暦法」のことらしい。
 
私は、グレゴリウスさんにお会いしたことも、取材したこともない。
私は、グレゴリウスさんがどのような方だったのかも、知らない。
私は、グレゴリウスさんがどういう意図でこの暦を導入したのかも、知らない。
そもそも、グレゴリウスさんが本当に導入した暦なのかかどうかも、私にはわからない。
 
知らないことを知ろうとすることや、
知らないことを知らせようとすることは、
『多様で厚みのある文明』を形成する上で、
とても大切な姿勢だと思います。
 
知らないことを知ろうとすることや、
知らないことを知らせようとすることは、
ジャーナリズムが持っているとても大きな役割です。
 
さてさて、もう少しだけ暦のお話をさせて下さい。m(_ _)m
暦の和洋を問わず、私はただ世の中の「スケジュール」として、
既存の暦たちと折り合いをつけながら、毎日を生きています。
私個人としては、
「令和の元年」にも、「グレゴリオ暦の新年」にも、
特別に大きな意味を持って生きてはいません。
(いっそのこと『冬至を起点』に新年を定めた方が、しっくり来るんじゃないかなぁ~なんて思っています。^^)
 
法的にも、倫理的にも、
『言論の自由』が一応保障されている今日2019年12月31日に、
今の私が思っていることを、ここにただ述べさせていただきました。
 
「思ったことを自由に言うことのできる言論空間」とは、
誰もが活かすことができる言わば『OKな牧場』^^。
(いや、そもそも言論空間に「檻」などあってはいけないでしょうから、
牧場以上の『社会的共通資本』と言っていいでしょうね。)
 
しかし、この自由な言論空間が、今なお十分には許されていない場があります。
この星地球です。
 
真実を真実として、知らされないし、知ることができない。
スポンサー側の「希望」。
統治者側の「意向」。
情報の受け手側の「志向」。
 
これらの力が相乗的に働いた結果、
日本は、一億総情報弱者の「牧場」になってしまうのでしょうか。
世界は、77億総情報弱者の「牧場」になってしまうのでしょうか。
(あなたにとって、これは「OK」な状態ですか?)
 
アマゾンの森で、今何が起きているのか。。。
ボルネオの森で、今何が起きているのか。。。
日本列島の森で、今何が起きているのか。。。
 
知ることは、生きること。^^
 
 
【参考文献】
・『メディアの罠』
 青木 理 神保 哲生 高田 昌幸(2012)産学社
http://sangakusha.jp/ISBN978-4-7825-7000-5.html
 
・『いま、メディアに求められる倫理とは』
 堀 潤 宇野 常寛(2017)PLANETS〈HANGOUT PLUS〉
https://www.youtube.com/watch?v=p9wQtm3sxhg
 
・『i -新聞記者ドキュメント-』
 森 達也 監督(2019)STAR SANDS
https://i-shimbunkisha.jp/
 
・『浜矩子 × 鳩山友紀夫』
 浜 矩子 鳩山 友紀夫(2019)東アジア共同体研究所
https://www.youtube.com/watch?v=ShvTLZDwKrs
 
・『報道中毒 〜Journalism Junkie〜』
 烏賀陽 弘道 中村 哲雄(2019)烏賀陽RADIO
https://www.youtube.com/watch?v=qK6fPWbY8jc
 
・『SALU「Goodtime」』
 SITE(Ghetto Hollywood)監督(2014)TOY’S FACTORY
https://www.youtube.com/watch?v=wI28qqXJ888
 
【投稿者】
 松田 卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年12月31日

(^^) 交流プログラム『おしえてサカタさん!!生物多様性のキホンと今のこと』1/12(日)開催のお知らせ(^^)

なにがはじまる、なにかがはじまる。
 
たかが国際会議、されど国際会議。
たかが条約、されど条約。
 
21世紀、この星地球に存在するひとつの仕組みと決めごと。
その可能性と限界。
 
両極もろとも引き連れて、
基本的『生物多様性』の尊重を
いざ行動化する時代へと。。。
 
 
 
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 『おしえてサカタさん!!生物多様性のキホンと今のこと』
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1/12(日)10時半~16時
古民家コニュニティハウス モモの家
阪急吹田駅から歩いて5分
JR吹田駅から歩いて12分
吹田市泉町5-1-18
http://www.momo-family.org/?page_id=9
 
参加費 午前中のみ 1500円 午後のみ 1500円 終日参加 2500円(学生はそれぞれ500円引き)
申し込み・お問い合わせ 080-1522-9817 sihomura@gmail.com(松村)
主催:チームサカタ
☆めめめ食堂のカフェ おやつと飲み物あります
 
10時半〜11時  自己紹介、チェックイン
11時〜12時半  テーマ①「あらためて生物多様性ってなんだろう?」坂田さんの話を聞きながらみんなで話そう
12時半〜13時半 多様性もちよりごはん(みそ汁とごはん用意します)
         持ち寄りむつかしい方はカンパしてね
 
13時半〜15時  テーマ②生物多様性の今「国際会議の今とこれから」
15時〜16時   みんなで話そう(COP15と2020年以降のこと)
 
 
◎生物多様性ってなんだろう
すべてのいのちがつながりあって影響しあっている
わたしたちの暮しのほとんどが生物多様性に依拠しています。
生物多様性の損失は、わたしたちの暮しにとって計り知れないダメージを与えます。
現在、地球上では1年間に、4万種の生きものが絶滅していると言われています。
このすさまじい絶滅のスピードを押さえようと、2年に一度開催されている国際会議が生物多様性条約締約国会議(CBD COP)です。
この会議にずっと参加し続け国境を越えて様々な人たちとつながりを深めている坂田昌子さんにいまさら聞けない生物多様性のキホンを教えてもらいましょう!
ざっくばらんにどんどん聞いていくことで
私たちの目の前のことを解決していくヒントになるかも!?
 
 
◎坂田昌子:
国連生物多様性の10年市民ネットワーク代表、虔十の会代表、CEPAジャパン理事。高尾山の圏央道トンネル問題を契機に、これまでの環境保全活動とは異なるスタイルで音楽やアート、スポーツを取り入れたチャーミングアプローチを行い話題になる。一方で生物多様性条約締約国会議、地球環境サミットなどの国際会議にも参加。国際会議と市民をつなぐ活動を行いつつ、各地の様々な現場を訪れ生物多様性を活用した持続可能な地域活性化の推進にも取り組んでいる。
 
 
◎詳細はこちらのFaceBookを ↓↓↓
https://www.facebook.com/earth.forest.movement/posts/550379355550281

森林本位制と森(後編)

先月のブログ記事「河川氾濫と森」を挟んで、2ヶ月ぶりの後編帰結となってしまいました。
前編の中で、「来月後編へと続くのであった~☆」と予告しておきながら、その通りにはなりませんでした。
みなさま、どうもごめんなさい。m(_ _)m
 
台風、豪雨、河川氾濫・・・
予期せぬ出来事は、瞬く間に私の「予定」を変えてしまった。
言わば、出来事が私をコントロールしたのです。
 
しかし、私の中にあるイメージまでは、
誰もコントロールすることはできない。
イメージは、絶対的に自由なもの。
 
これは、私だけに限ったことではない。
誰にとっても、どのようなものであっても、
イメージというものは、
侵されることのない絶対的に自由なもの。
 
たとえもし、
私が暗い部屋に閉じ込められようが、
体の自由を奪われようが、
「見ざる・言わざる・聞かざる」を強要されようが、
イメージすることの自由は、微塵も減らず、そのまんま存在し続ける。
(それくらいイメージするということは、力強いし、おもしろい!^^)
 
たとえば、
私たちには誰でも「図書館を使用する自由」がある。
だけど、その自由を使わなければ、
その人にとって図書館は存在しないも同然になる。
 
それと同じように、
私たちには誰でも「未来をイメージする自由」がある。
だけど、その自由を使わなければ、
未来は想像上にさえも存在しないことになってしまう。
 
よしせっかくだから、イメージする自由を使ってみよう。^^
 
イメージしてみる。。。
描きたい未来を、好きなように好きなだけ、
イメージしてみる。。。
 
 
 
もし私たちが、
『森林は森林のままで存在しているだけで、すばらしい価値があると誰もが認めている世界』
を選んだとする。。。
 
 
 
今のあなたには、
どのような『未来』が映っていますか?
 
 
 
私たちは、いのちを大切にする力を「完全に」手放してしまえるほど、愚かではないはずです。
ほんのわずかでも「人間性」が、心の奥底に消えずに残っている限り、
人間が自らつくってきてしまった「不自然なコントロール」をすべて見破りはじめるはずです。
 
瞬く間に
森の「予定」を
世界の「予定」を
変えてしまえるほどに。
 
 
未来からご覧のあなたには、
どのような『現実』が映っていますか?
 
 
【参考文献】
・『ハーメルンの死の舞踏』
 ミヒャエル・エンデ(1993)朝日新聞出版
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=737
 
・『人類の暗い未来への諸対策』
 田中 宇(2019)田中宇の国際ニュース解説 世界はどう動いているか
https://tanakanews.com/191028ubimmt.htm
 
・『ブラックジャック「Karte:38 未知なる者への挑戦」』
 手塚 治虫 原作 手塚 眞 監督(2005)手塚プロダクション
https://www.youtube.com/watch?v=HjF8rzOUxgY
 
【投稿者】
 松田 卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年11月30日

河川氾濫と森

先日の台風19号の影響により、
また河川が氾濫しました。
 
被害の根源的原因は、
いつもわかりにくいところに、
いつも見つけにくいところに、
隠れていることが多い。
 
しかし、
わかりにくいことをわかろうとする姿勢を、
見つけにくいことを見つけようとする姿勢を、
私たちは、途絶えさせてはならないと思うのです。
 
もうこれ以上、同じようなことが
繰り返されることのないように。
 
これを読んでくれているいつかの誰かへ
あなたが同じ気持ちでいてくれるのなら、
どうか、隠れた何かを『白日の下』へと。
どうか、誤魔化しのない『あたりまえの世界』へと。
 
どうか、そこへ向かえる力を。
 
 
【参考文献】
・『インフラの呪縛 ─ 公共事業はなぜ迷走するのか』
 山岡 淳一郎(2014)筑摩書房
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067715/
 
・『ダムが国を滅ぼす』
 今本 博健(2010)扶桑社
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594061425
 
・『「八ッ場ダム無双」「スーパー堤防礼賛」デマを一蹴する!台風19号であらわになった治水事業の根本的な誤り!』
 大学教授 関 良基・ジャーナリスト まさの あつこ 報告(2019)Independent Web Journal
https://www.youtube.com/watch?v=Qak6kDJ8qgw
 
・『台風19号襲来の1年前インタビュー「問題だらけの治水事業!豪雨被害は天災ではなく人災!? 大都市圏を豪雨が襲うリスクに迫る!」』
 大学教授 関 良基・ジャーナリスト まさの あつこ 報告(2018)Independent Web Journal
https://www.youtube.com/watch?v=tN_0qssctRk
 
・『横田一の現場直撃「千曲川堤防決壊、再び人災?!」』
 ジャーナリスト 横田 一 報告(2019)デモクラシータイムス
https://www.youtube.com/watch?v=nYPOEjaEf9g
 
・『だから、言わんこっちゃない!Vol.607「治水・治山に王道なし!」』
 田中 康夫(2019)田中康夫YouTube公式チャンネル
https://www.youtube.com/watch?v=-pGgEIh493w
 
【投稿者】
 松田 卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年10月31日

森林本位制と森(前編)

「鎮守の森」という言葉があります。
ある領域を鎮め守る森で、日本においては神社の境内にある森のこと。
 
「世界遺産」という言葉があります。
文化遺産や自然遺産の保護条約に基づいて、人類が共有すべき普遍的価値を持つものとして認められたもの。
 
ここでは「鎮守の森」や「世界遺産」の存在を肯定も否定もしません。
人々がそう呼ぶものが紛れもなく現代に存在していることに、ただ着目してみます。
(私は特定の宗教を持ちませんし、特定の政治スタンスも持っておりません。)
 
「鎮守の森」や「世界遺産」という概念が全くない世界を想像してみてください。
すべてが開発の対象として、つまり物質的経済価値に換算できる「資源」として自然(森)を扱っている世界。。。
あなたは、その世界にどんな印象を持ちますか?
 
『自然(森)を守る・生かす価値』と『自然(森)を奪い・使う価値』
どちらにどれだけ重きを置くのかは、そこに住む人、その時代に生きる人によって、決められてきた。
7対3の価値割合なのか、2対8の価値割合なのか、
その時を生きる人によって、決められてきた。
 
つまり全人類の集合意識が、そのバランスを決定するものと言えるのかもしれない。
 
どの時代にも、守る意味、生かす意味を鋭く問いかける表現者は、存在している。
太古から今に至るまで、あらゆるジャンルのあらゆる芸術の中に、存在している。
 
たとえば、既存の社会システムが絶対的に拒絶するくらいの『生命の尊厳・自然の尊厳』を唱える表現者がいたとします。
その人を完全否定できるほどの説得力のある社会システムに私たちは生きているだろうか。。。
生命の尊厳や持続可能性という意味において、極めて説得力のない今日の社会システム。
その中で毎日を生きていると、もはや「説得力のある社会」に価値を感じる感性さえも鈍っているのではないだろうか。。。
 
森林を「必要以上に」物質的資源へと転化しなくても、
『森林は森林のままで存在しているだけで、すばらしい価値があると誰もが認めている世界』を我々が選んだとする。
その世界の先に展開される未来は、どんな未来だろうか。
 
不自然な現代社会を、自然なものへと根本的にシフトするはじまりは、
この世界(『森林は森林のままで存在しているだけで、すばらしい価値があると誰もが認めている世界』)
を想像することからと考えているのは、私だけだろうか。
 
まずはじめに私たちが踏み出すとすれば、
森林の存在が担保されてはじめて経済を回すことができる、経済力だけを至上のものとしない世界、
つまり『森林本位制』の世界からなのかもしれない。
(『森林本位制』というイメージ遊びは、来月後編へと続くのであった~☆^^)
 
はじめは古いマネーゲームの対象物として、森が扱われることになっても、
この制度をひと度導入したら、次第にこれまでのあらゆる価値観が「フラット」にされて、
生きるおもしろさや意味も、人それぞれに自由なタイミングで、自然と変化しはじめる可能性があります。
 
その変化を一番嫌がっているのは、誰なんでしょうか。
その変化を一番怖がっているのは、誰なんでしょうか。
 
どうして嫌がるのですか?
どうして怖がるのですか?
 
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年9月30日

☆★☆『三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3』10/20(日)開催のお知らせ ☆★☆


 

 

 
三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3
森づくり体験に ぜひ ご参加ください!
どなたでも お気軽 ご参加いただけますよ~ ♪^^)
 
三井寺の森を ムシや動物たちが たくさん棲める森にしよう!
手ノコで切った枝で『打楽器とんとこプチ音楽会』もやるよ♪
☆三井寺の森のことを知ってもらう、きっかけに。
☆身近な森に触れ、森のよさを感じてもらう、きっかけに。
☆みんなで末永くケアし続ける「三井寺 森づくり」の、きっかけに。
 
日時:2019年10月20日(日)13時集合(当日事前受付は11時からOK)
実施場所:三井寺 観音堂 奥の林地
集合場所:三井寺 千団子社前広場 (集合場所から観音堂奥までは歩いて移動)
 
植樹方法は、京都市も森づくりとして採用している技術「自然配植」を基本に実施。自然のもつ豊かで多様な力をうまく生かしながら緑をつくってゆく技術です。
http://www.earth-forest.jp/video.php
 
●プログラム スケジュール
13:00 集合→観音堂奥へ歩いて移動/13:20 観音堂奥へ到着・事前説明/13:30 森のお手入れ体験 開始/14:45 打楽器とんとこプチ音楽会☆~切った枝を使って打楽器演奏♪~/15:00 現地解散(雨天の場合、三井寺屋内にて木工バッジづくり)
●参加費:おとな300円 /こども150円  ●持ちもの:タオル・軍手・水筒
(安全のため、長袖・長ズボン・運動靴でご参加下さい。手ノコはこちらでご用意。)
●お申し込み(お問い合わせ)
お電話 070-5655-1726 または、メールtakuya@peace2001.orgにて、
≪参加人数(大人○名、子ども○名。お子さんは年齢も)≫≪当日連絡先(携帯電話番号)≫≪お住まいの市町村≫を、前日10/19(土)までにお知らせ下さい。
※ボランティア保険登録のため、必ず当日事前受付もお願いします。
集合場所(地図):三井寺 千団子社前広場 ↓(楽しいオーガニックマーケットも同日開催!)
https://organicmarketshiga.shiga-saku.net/c49837.html
 
主催:三井寺「みんなの森」をともに育む会
協力:三井寺(天台寺門宗総本山園城寺)オーガニック&つながるマーケットしが
ご連絡先:070-5655-1726(事務局 アースフォレストムーヴメント 担当 松田)
詳しくはフェイスブックでチェック! ↓
https://www.facebook.com/earth.forest.movement/

金融大戦と森

「たった今、銀河系内にある恒星、太陽の制圧に成功したぞ!これで太陽系の所有権は我々のものだ。グゥワッ!ハッハァ~!!」
ひと昔前のSFアニメに登場するワルモンみたいなセリフ^^
これを上方大喜利風に描写してみると♪
 
ベ~ン、ベ~ン♪
SFのようでもSFでない、ベンベン♪
喜劇のようでも喜劇でない、ベンベン♪
それは何かとたずねたら♪
そりゃ人間、人間、人間~♪
 
 
いくつもの世界大戦を現実化してきた我々人間は、
SF的な銀河スケールではないものの、地球スケールでこれをやってきた。
「所有争い」というやつを。
この所有争いは、現代ではどうやら『金融大戦』という形でまだまだ続いているらしい。。。
 
現代の法概念(特に民法)では、「個人主義と所有」がベースに成り立っている。
「この地はオイラのもの、あっちはあんたのものだけどね~。
だからあんたが勝手にこっちに入って来てなんか持って行ったら、そりゃあんた法律違反だかんね~。だって、ここの所有者はオイラなんだからさ~。」
てな具合です。
 
でも、そもそも大地にも星にも、特定の所有者なんてあっただろうか?
人間が勝手に決めた線引きに過ぎないのではないのか?
現に、渡り鳥たちにこの所有概念はないはず。
 
もちろん、争いや誤解を起こさないためには、最低限の決まり事(ルール)は必要でしょう。
互いが互いを尊重するためのマナーとして。
だけど、その決まり事(ルール)が、本来、人が持っている
『考える力』『創造する力』『生きる力』を萎えさせているならば、、、。
 
 
昨今、次々といろんな公共物(社会的共通資本)が民間所有や民間運営に移り変わっている日本ですが、
これも法で定められた所有の概念をベースにして起きていること。
(そのうち、月や太陽の所有をめぐるゲームが始まるかもしれませんね。^^)
 
もしも、大地や月や太陽に意思があるならば、
彼らはこう思うかもしれない。
 
「私があなた方の所有物って、何を根拠にそう言えるの?」
 
 
さてさて、
環境税のひとつの考え方に『自然の力でつくられたものには、1年ごとに1円の課税』というものがあります。
これはとても興味深い考え方。
つまり「100年かけて作られた木材には、100円の環境税をかけましょう」というもの。
あたり前の話ですが、100年生の樹木が育つまでには、たくさんの日光と土の栄養と水の恵みを必要とするわけです。
(樹木所有者Aさんが、これらの恵みを全部自分で工面できるわけではないのですから。)
 
500年かけて作られた土壌には、500円の環境税。
1000年かけて作られた石油には、1000円の環境税。
 
この環境税案の現実的な善し悪しは別として、
もし仮にこの発想が早くから導入されていれば、森林減少の度合は今と全く違っていたでしょう。
守る価値のあるものを、ちゃんと守れる文明が成熟していたかもしれません。
 
この発想から大きく乖離しているのが、現代の金融システム。
このシステムの中では、自然というものは『経済価値があるかどうかの対象物』という扱いになる。
今日も地上の隅々に至るあちこちの森に、値段の付け替えがされているというわけです。
(もちろんお金そのものの存在を否定するつもりはありません。お金自体はプラスでもマイナスでもないはずですから。)
 
一瞬にして生み出されてしまう実態のない大量の紙きれ、紙幣。
それにあたかも「身の丈」以上の価値があるかのような「演出」を繰り返す。
今やその演出にも無理が重なり、首が回らなくなった金融システム。
 
今の金融システムは、
金(ゴールド)の所有を裏づけとする金本位制でも、
石油の所有を裏づけとする石油本位制でもない。
何の裏づけも、実体もない「幽霊本位制」。
もはや期待できるのは、背筋が凍るほどの納涼効果くらいなのか。
う~ら~め~し~や~ってね。^^
 
実態がないのに、あたかも実態があるかのように回ってしまう『虚数』で張り巡らされた世界。
「為替操作」「株価操作」「情報操作」が一切ない公正な世界を信奉している人なんて、もはや誰もいない。
 
世界を劇場に、日々巻き起こされている大型情報操作、
そして大型インサイダー取引による金融詐欺 etc.。。。
遅かれ早かれ、新しい時代を切り開く固定観念に囚われないジャーナリストたちが、まるで連続打ち上げ花火のように、次々と真実を開花させてくれることでしょう☆
 
真実というのは、どっから見ても真実として、
ただありのままに存在しているだけなのですから。
真実には実体があり、それ自体に存在価値があるのです。
 
 
P.S.
せめてこれからの世界は、『森林本位制』くらいの発想にまでには辿り着いておきたいものです。
これまでの「所有」という概念とも共存しつつ、
それと同時に、
森林の存在価値が全人類の共通理念としてしっかりと普遍化された経済観を持っている世界。
 
その世界とは、
果たしてもうひとつの現実(パラレルワールド)なのか。
はたまた近未来に辿り着ける可能性のひとつなのか。
 
私という個人が所有する「表現の自由」という権利を存分に活かして、
この『森林本位制』というイメージ遊びを
次回のブログで描いてみたいと思いまする~!!☆^^
 
See you next~☆
(^0^)/~~~
 
 
【参考文献】
・『エンデの遺言「根源からお金を問うこと」』
 河邑 厚徳 グループ現代(2000)NHK出版
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000804962000.html
 
・『金融世界大戦 第三次大戦はすでに始まっている』
 田中 宇(2015)朝日新聞出版
https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=16818
 
・『金融再起動 旧体制の崩壊から世界大革命へ』
 ベンジャミン・フルフォード(2019)秀和システム
https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798056708.html
 
・『21世紀の資本』
 トマ・ピケディ(2014)みすず書房
https://www.msz.co.jp/book/detail/07876.html
 
・『宇沢弘文と語る:経済学から地球環境、日米安保・沖縄まで』
 宇沢 弘文 講演(2010)映像ドキュメント
https://www.youtube.com/watch?v=XqOKulQ8SCo
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年8月31日

異なものと森

♪わらべはみたり~ 野なかのば~ら~^^
 
おなじみ、童謡「野ばら」の歌い出し。
詩はゲーテ、曲はシューベルトのこの歌からはじまる映画があります。
黒澤明監督作品「八月の狂詩曲(ラプソディー)」。
 
映画の冒頭は、青年 縦男(たてお)が長崎の田舎に住むおばあちゃんの家で、
狂いに狂った音のおんぼろオルガンを弾くシーンから始まる。
「なんだかおかしな夏でした...その夏休みには、奇妙な出来事ばかり起こりました。」のナレーション。そして、あの曲。
♪わらべはみたり~ ^^ ↓↓↓
https://www.youtube.com/watch?v=goM1dB-f_qM
 
この夏、この映画をなんだかもう一度観てみたくなり、じっくりと鑑賞。^^
3回目でも、まだまだ新鮮☆
いろいろと新たな発見を楽しめました。^^
 
 
さて、「異なもの」という言葉には、妙なもの、変なものという意味があるらしい。
だから今回のブログは、あちこちが妙なもの、変なものだらけです。^^
 
以下に記したのは、「野ばら」の歌詞の直訳。
少年と野ばらを男女の恋愛の象徴と見ることもできるけれど、
私には、人間界と自然界の「生命同士のせめぎ合い」のようにも映った。
傷つけ傷つけられ 愛し愛され 人と森たち...
 
↓↓↓
 
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Sah ein Knab’ ein Röslein stehn,
Röslein auf der Heiden,
war so jung und morgenschön,
lief er schnell, es nah zu sehn,
sah’s mit vielen Freuden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
 
少年が見つけた小さな野ばら
とても若々しく美しい
すぐに駆け寄り間近で見れば
喜びに満ち溢れる
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ
 
Knabe sprach: “Ich breche dich,
Röslein auf der Heiden!”
Röslein sprach: “Ich steche dich,
dass du ewig denkst an mich,
und ich will’s nicht leiden.”
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
 
少年は言った 「君を折るよ」
野ばらは言った 「ならば貴方を刺します
いつも私を思い出してくれるように
私は苦しんだりはしません」
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ
 
Und der wilde Knabe brach
‘s Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
half ihm doch kein Weh und Ach,
musst’ es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
 
少年は野バラを折った
野バラは抵抗して彼を刺した
傷みや嘆きも彼には効かず
野バラはただ耐えるばかり
バラよ 赤いバラよ 野中のバラ
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縁は異なもの 味なもの
映画も歌も詩も森も
奇妙な縁で 結ばれて
ゆらめき きらめき
狂い 調和し
美しくまたせめぎ合う
 
遠野物語の序文には、
「願わくは、これを語りて平地人を戦慄せしめよ。」
とある。
 
無限に横たわる狂ったオルガンに 果敢に向き合う青年たちよ
澄んだ感性に素直なままに 燦然と生きる子どもたちよ
 
「願わくは、これを語りて現代人を調律せしめよ。」
 
 
【参考文献】
・『美の呪力』
 岡本太郎(2004)新潮文庫
https://www.shinchosha.co.jp/book/134622/
 
・『遠野物語』(新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺)
 柳田國男(2004)角川ソフィア文庫
https://www.kadokawa.co.jp/product/200403000116/
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年7月31日