広島と森


 
 
母の日に、母なる大地に感謝を行動で表現するムーヴメント
マザーアースデイ」。
2019年は、広島市安佐北区にある里山づくりを体験させていただきました。
^^
間伐作業、製材づくり、竹炭づくり、、、。
 
おいしい食事や、貴重なお話をたくさんプレゼントして下さったもりメイト倶楽部Hiroshimaの方々をはじめ、準備にご協力下さった広島のみなさまへ、
心から感謝を申し上げます。
大地への感謝の気持ちと同じだけの感謝を、
ここに文字という形で捧げます。^^
ありがとうございました。m(_ _)m
(掲載した写真は、5/12母の日に開催した『マザーアースデイ2019 in ひろしま』の様子です☆)
 
 
むかーしむかしの、ことじゃったぁ~、、、。
おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山へ芝刈りに、、、。
 
「山へ芝刈りに」なんて、日常生活には一切不要となってしまった現代。
昔の人たちがやってきたことを、私を含めた今の人たちはみんなやっていない。
 
「いやぁ、そんな『やっていない』だなんて頭ごなしに言われてもねぇ。そりゃぁ、現代には現代の事情ってもんがあるんだからよぉ。」
読者の方の中には、そうお思いになる方もいらっしゃるかもしれません。
 
でも事実として、私たちは山の手入れを今もなお、ほとんど何にもやらないままで今に至ってしまっています。
今後も当分の間(数十年?それとも数百年?)、
私たち人間は、何もやらないままの文明を「選ぶ」のでしょうか。。。?
 
とりわけ明治から現代までの間、近代化へとひた走る日本は、
大切な何かを猛スピードで「デリート(削除)」してきたようにも映ります。
奥山の原生林も、里山も、人社会も、すべて大切なはずなのに。
広島の一日を経て、私自身も『生命の尊厳』というものをもう一度見つめ直すタイミングをもらった気がします。
 
2014年8月豪雨による広島市北部(安佐北区、安佐南区)の大規模土砂災害。
そして、
2018年7月豪雨による広島、岡山、山陰、四国、九州など各地の土砂崩れ、河川氾濫の被害。
 
いずれの災害でも、尊い命が失われました。
その原因は...?
その責任は...?
各公的機関、各研究機関は、あらゆる知恵を出し尽くして、
これらの問題に向き合う誠意を示し続けていただきたいものです。
ジャーナリズムの世界に生きる方々にも、あらゆる可能性を信じ疑い、
これらの真相追究を怠らないでいただきたいものです。
 
THE BLUE HEARTSのナンバー『爆弾が落っこちる時』の歌詞ではないですが、現代社会にはやっぱり「いらないものが多すぎる」気がします。
安全性に乏しい住宅開発事業、科学的合理性や倫理的整合性に欠けた土木事業、河川事業、治山事業、森林整備事業、ダム事業、戦争事業。。。
 
是非とも、各業界のみなさま、
どうかここはひとつ「安っぽいメッキ」のような使い古された保身から、そろそろ『卒業』していただいて、いらないものをスローダウンさせる適切な公共事業へと転換していただけませんでしょうか?
せっかくのそのいのちの力を、その発想力を、
破壊的ではなく、創造的な方向へとシフトしていただけませんでしょうか?
今こそ、あなた方の大きな勇気と力が必要です。
本当に心から、そう思います。
どうかどうか、何の力も持ち合わせていない私からの切なるお願いでございます。m(_ _)m
 
私には、田中正造さんほどの実行力はありません。
私には、南方熊楠さんほどの知性もありません。
でも、先人たちの行いを受け継いで、
2019年という今を生きている一個人として、
ここに言葉を残させていただきました。
当ブログのタイトル通り、「未来への贈りもの 未来との約束」として。
 
今回のブログで記させていただいた想いは、
マザーアースデイ2019 in ひろしま』の一日を経た果てに
紡ぎ出すことができた私なりのメッセージです。
 
もしきちんと受け取って下さる未来人がひとりでもいらっしゃるならば、
本望です。
 
そこから先は、どうぞお気に召すままに☆
未来はあなた方の手の中だ~^^
 
 
【参考文献】
・『NPO法人 もりメイト倶楽部Hiroshima』
http://www.morimate-ch.com/
・『滋賀県流域治水の推進に関する条例制定後の取り組み』
 滋賀県
https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/kasenkoan/19531.html
・『平成狸合戦ぽんぽこ』
 高畑勲 監督作品(1994)スタジオジブリ
http://www.ghibli.jp/works/#pompoko
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年6月30日

ナラ枯れ対策と森(後編)


 

 

 
ナラ枯れとは、
「カシノナガキクイムシが病原菌を拡げることによって起こる、樹木の伝染病の流行」。
比較的高齢で大径の樹木が多い森で起こる現象だと言う。
 
2009~2010年にかけて、全国でナラ枯れが大量発生。
普段のナラ枯れ全国被害量(被害材積)は年間10万㎡程度なのに、
2009年度は約2倍の23.0万㎡、2010年度は約3倍の32.5万㎡。
この時期、市民の側からも国に対して、具体的な対策を求める動きが起きた。
 
時として、危機は人を突き動かす。
 
しかし、なぜ大量発生してしまったのか、
その詳しい原因は未だわかっていない。
 
ひょっとしたら、私たち人間がどう対処するのか、
ムシたちに試されているのかもしれない。
(本当の原因は、誰にもわからない。)
 
ムシたちの意図はさておき、
地道な対策は、全国各地で試されたようだ。
例えば、木の幹をビニールシートやネットでぐるっと覆ってしまうことで、被害の拡大を抑える方法。
 
「行動は雄弁である」とシェイクスピアは言ったそうだが、
ナラ枯れ対策でも、地道な行動は無言の説得力を持っている。
 
ブログ「ナラ枯れ対策と森(前編)」でもご紹介したように、
これらの対策を実践しているグループ『みのお山麓保全委員会(ナラ枯れ被害防止グループ)』の活動を昨年の秋、私は体験させてもらったわけだ。
 
前編の中で私は、この日の体験を
『新たな経験と学びを得ることができ、
さらなる「ありがとう」の一日でした。』
と表現させてもらった。
 
思わずそう表現した理由、
それはメンバーの皆様から、
『自発的に動くことのさりげない凄み』
を感じ取ったから。
 
大袈裟でも、何でもない。
気持ちと意志を持った人がそれぞれに、
自然と集って、黙々と、淡々と、でもどこか楽しげに、
一本一本、対策を講じてゆく姿を見て、
私はただ素直に「美しいなぁ」と感じた。
 
現場に足を運ぶまで、大阪箕面の山で、
このような地道な活動をなさっている事実を
私は一切知らなかった。
知らなかったことを、知れた一日。
そのことにも、ただただ「ありがとう」の一日だったのだ。^^
 
 
【参考文献】
・『ナラ枯れの被害をどう減らすか -里山林を守るために-』
 独立行政法人 森林総合研究所 関西支所
https://www.ffpri.affrc.go.jp/fsm/research/pubs/documents/nara-fsm_201202.pdf
・『ナラ枯れ被害』
 林野庁
http://www.rinya.maff.go.jp/j/hogo/higai/naragare_30.html
・『みのお山なみネット 箕面の山麓保全活動情報のポータルサイト(ナラ枯れ被害防止グループ)』
http://yama-nami.net/%E7%AE%95%E9%9D%A2%E3%81%AE%E6%A3%AE%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8D%E3%81%86%EF%BC%81/%E3%83%8A%E3%83%A9%E6%9E%AF%E3%82%8C%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E9%98%B2%E6%AD%A2/
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2019年5月31日

☆★☆「マザーアースデイ2019 in ひろしま」プログラムのご紹介 ☆★☆

昨年のびわ湖でのチャリティーシンポジウムの開催とは打って変わって、
今年の母の日は、広島市安佐北区にある森に入って、
炭焼き、草刈り、森林整備、フリートーク交流などを行います。
開催を受け入れて下さった NPO法人 もりメイト倶楽部 Hiroshima の皆様、
ご協力いただきありがとうございました。m(_ _)m
 
すでに定員いっぱいの状態ではありますが、
ご興味のある方は、ご連絡をお待ちしておりまするぅ~ ^^
 
 
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
マザーアースデイ2019 in ひろしま
 森林フィールド 里山づくり体験
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
テーマ
「森を感じ、大地を想い、未来を描く」
 
 
2019年、母の日。
忙しいそれぞれの毎日から、
少しだけ立ち止まって、
同じ時間、同じ体験を分かち合う。
 
森に入って、森を感じる一日。
大地に立って、大地を想う一日。
 
広島の森で未来を描く一日は、
未来の人たちの側からは、
一体どのように映るのだろう。
 
 
【開催日時】
5/12(日)9:00~
 
【場所】
広島市安佐北区白木町付近の森林フィールド
 
【参加費】
1,000円
 
【プログラム】
炭焼き、草刈り、里山整備などの作業体験。昼食会。
フリートーク交流「あなたにとっての森・大地・未来とは?」
 
【主催】
アースフォレストムーヴメント制作委員会
 
【協力】
NPO法人 もりメイト倶楽部 Hiroshima
 
 
Facebookページはこちらへ ↓↓↓
https://www.facebook.com/earth.forest.movement/

「三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3」 延期のお知らせ

 2019年3月に滋賀県三井寺で実施を予定しておりました「三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3」は、昨年の台風の影響や技術指導者のスケジュール都合により、速やかな開催が困難となったため、大変残念ではございますが延期の判断をさせていただきました。今年の植樹へのご参加を楽しみにされていた方々には、ご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんが、何卒ご理解下さいますようよろしくお願いいたします。
 
 なお、自然配植による植樹に適した時期は3月であることから、苗木の植樹は来年3月を予定しておりますが、今年10月(第3日曜日の開催を予定)には、手ノコなどを使った植樹フィールドのお手入れワークショップを予定通り行う計画でおります。是非こちらにもたくさんの方々にご参加いただければ、大変ありがたく思います。
 
 今後も「三井寺 みんなでつくる みんなの森」は、『森は みんなの力で 変えられる』をコンセプトに世代を超えて、末永く愛され続けるようなあたたかみのあるムーヴメントを目指してゆきます。
 
 たとえゆっくりでも着実に、
 いのち溢れる森が、この大地に広がり続けることを夢見て...。
 
 引き続き、皆様からのあたたかいご支援とご協力をどうかよろしくお願いいたします。

ナラ枯れ対策と森(前編)


 

 

 
私が好きな季節、秋さん。
これまでなんだかんだで40回通って来た季節なので、
親しみを込めてこの際、秋ちゃんと呼ばせていただこう!^^
秋ちゃん、これからもよろしくお願いします~☆
 
その秋ちゃんのどまん中、10月15日に、
みのお山麓保全委員会(ナラ枯れ被害防止グループ)』が行うナラ枯れ防止のフィールド活動に参加してきました!
参加を受け入れて下さった『みのお山麓保全委員会』の皆様、本当にありがとうございました。
 
この団体は、大阪箕面市を拠点に様々な森林保全活動をされている団体。
大量のナラ枯れ発生に危機意識を持たれた方々がボランティアで、
何年も地道に活動を継続して来られました。
心から感謝です。
 
大阪で生まれ育った、私。
淀川水系の水源地域である滋賀京都地域だけでなく、
大阪(箕面市)にある山たちにも、ほんの一日だけの訪問ではありましたが、
きちんと「ごめんなさい」と「ありがとう」
を言っておきたいという気持ちを携えて。。。
 
結果、新たな経験と学びを得ることができ、
さらなる「ありがとう」の一日でした。
(その詳細は、次回後編で詳しくお伝えしますね☆)
 
さて、この団体の活動が掲載されているサイト『みのお山なみネット』には、
「みんなで守ろう!箕面のみどり!四季折々の美しい箕面の山を次世代に残そう!」
という言葉が掲げられています。
 
「みんなで」「次世代に」という言葉は、今後の私たち人間の文明観を大きく左右する普遍的なテーマだと思っています。
立場や手法、考え方は、それぞ~れのさまざ~まであっても、
「みんなで」「次世代に」を原点に動き出す人たちが世界全体で何パーセント存在するかによって、
この地球の未来は大きく変わってくる気がしています。
そう感じているのは、私だけでしょうか...?
 
まだ今は、出会っていない同じ思いの人たちが、
世代を超えて、世界中にはた~くさんいるはずです。
その人たちの存在をいつも意識に昇らせながら、
今後も、このブログは続けてゆきまするぅ~^^
どうぞ、よろしくお願いいたしまするぅ~^^
 
未来は続くよ、どこまでも~☆
 
 
さて、この団体『みのお山麓保全委員会 ナラ枯れ被害防止グループ』(以後「ナラ枯れグループ」と省略)は、
私が小学校時代に所属していた地域の子どもソフトボールチーム(北天満ヤンガース)にいたときに、
当時コーチをして下さっていた方からのご紹介で知ったわけでして。
ざっと30年以上前のご縁が、時を超えてこのような流れになるなんて、
全く想像もしていませんでした^^
(ほんに縁とは味なものですねぇ~)
なので、当日に待ち合わせしても、あまりに久しぶりすぎて、お互いの顔がすぐにわからずちぃとお互い戸惑ったり^^
 
ナラ枯れグループは、2015年に、全国森林病虫獣害防除協会からその活動が評価され会長賞を受賞なさっています。
全国森林病虫獣害防除協会がどのような団体であるのかまでは、私も詳しくはわかっていません。
不勉強で、あいすみません。。。m(_ _)m
 
少し余談になるかもしれませんが、
人によっては、そもそも「病虫」や「獣害」という表現が人間中心主義的な表現ではないかなど、賛否両論あるかもしれません。
「水害」という表現を使うことについても、「水」というものをどう捉えるかによって、その感じ取り方は変わって来ます。
その気持ち、ある意味で私にもよくわかります。
 
しかし一方で、
山全体の中で、ナラの木々たちが、生態系保全の観点から大事な役割を果たして来ているのも
これまたひとつの大切な事実なわけで。
その観点から言えば、「病虫」や「獣害」という表現もある意味「正しい」ということになるのかもしれません。
 
言葉はおもしろい。
でも同時に、
言葉はおそろしい。
 
どのような思いから出て来た言葉なのかによって、
その選び取られた言葉は、独自の力を持ち始める。
思いが言葉を汲み出して、言葉が思いを「代弁」しはじめる。
言葉が便利な道具として、世の中を素早く、力強く変えてくれる一方で、
受け手に誤解や悪戯な混乱を招きかねないやっかいなものでもある。
まさに、諸刃の剣。
 
言葉の可能性と限界。
言葉は万能なようで、案外そうでもなかったり。
言葉による伝達が持つジレンマ。。。
 
あぁ、少し話がズレてしまいました。m(_ _)m
どうかこの話の脱線に、
受け手のみなみなさまが、ジレンマを感じていらっしゃいませんように。
それが、私の思いです^^
 
さて、本題へ。。。
善し悪しは別として、そして、好むか好まざるかに関わらず、
「獣害」や「水害」などという言葉が日常用語として用いられていることは、
「人間のためだけの地球」という観念枠に私たちがあまりにも浸かりすぎて、慣れ親しみすぎて、
当たり前の価値観として、今日まで来てしまっていることの現れなのかもしれません。
生まれたときからすでにその「常識」が、デフォルト(初期状態)として構築されていて、
ガッチリともう出来上がったその社会枠の中に生まれて来ているのですから。
 
ファストフードの長期リピーター戦略として、
「子どものときからの食の習慣化」が敷かれていると聞きます。
子どものときに慣れ親しんだ体験は、
善かれ悪しかれ、世代を超えて飛び火、継承されるものです。
だとしたら、私たちの生活の多くは、一見自分自身で考えているようでも、
実は他者からプログラムされた習慣を常識として認識し、
ただ反復しているだけなのかという考え方も成り立ちます。
 
あなたのその判断は、
本当に自己決定によるものですか?
それとも、
プログラミングされたものですか?
 
なんだか、SFホラー映画のキャッチコピーみたいになってしまいましたね^^
失礼いたしました。m(_ _)m
再び本題へ。。。^^
 
「獣害」「水害」という表現の問題。
しかしそれはそれとして、こまい枝葉のところでは、いろんな考え方の違い、表現の違いがあったとしても、
何よりも、
未来への手がかりとなる社会的共通資本としての「蜘蛛の糸」がちぎれてしまわぬよう、
そして、沈む直前のドロ舟のようなこの時代だからこそ、
「地球という舟」を呉越同舟してしまえるチャンスを敏感にキャッチできるよう、
生き方をそれぞれにアップデートしておくことが、
これから起きるであろう様々な大きな波を乗りこなすコツなのかもしれません。
 
大変な時代だけど、
自ずと真実が浮き彫りになり、
ごまかしが一切通用しない、
とてもおもしろい時代!
 
 
次回、後編へ続く。。。
 
 
追伸、
誠に勝手ながら、次回の月末定期ブログの投稿は、都合により2019年5月からとさせていただきます。
少し、期間が空いてしまいますが、また年をまたいでも、時をまたいでも、
再びお読みいただければ幸いです。
 
ブログ掲載当初からの思いどおり、
お好きなときに お好きなだけ
お気に召すまま 気の向くままに
それぞれの日常を超えた日常を
楽しんでいただける旅であれたなら^^
 
なお、来年3月実施予定の「三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3」開催のお知らせは、
詳細が決まり次第(来年2月頃の事前告知を予定)、当ブログとFacebookページ(マザーアースデイ)から事前告知いたします。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
【参考文献】
・『大阪府箕面市(「ナラ枯れ」被害の発見にご協力ください!)』
https://www.city.minoh.lg.jp/animal/sizennryokuti/naragare_hakkenn.html
・『みのお山なみネット 箕面の山麓保全活動情報のポータルサイト(ナラ枯れ被害防止グループ)』
http://yama-nami.net/%E7%AE%95%E9%9D%A2%E3%81%AE%E6%A3%AE%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8D%E3%81%86%EF%BC%81/%E3%83%8A%E3%83%A9%E6%9E%AF%E3%82%8C%E8%A2%AB%E5%AE%B3%E9%98%B2%E6%AD%A2/
・『みのお山麓での「ナラ枯れ」防止活動報告(2015年5月18日)』
http://yama-nami.net/site/wp-content/uploads/2012/10/9d7ef361bd23a0897135901fbe54299f.pdf 
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2018年11月30日

マザーアースデイ 琵琶湖から広島へ

「自然と調和した音楽ホールとアートの森を作りたい。」
  渡邉由紀子
  (NPO法人 Heart of Peace ひろしま 事務局)
 
 
2018年琵琶湖から、2019年広島へ。
竹生島から厳島へ・・・弁天様のご縁に導かれるように開催されるマザーアースデイ
厳島神社の御祭神は宗像三女神と呼ばれる美しい三女神です。
 
神話によると三女神は天照大神から「海の道を守るように」という神勅を受けてこの地上に降り立ったと言われています。
島国である日本で海の道を守るというのは、この国の平和を守る、ということなのかもしれません。
 
平和都市と呼ばれる広島の中心部を悠々と流れる太田川。
実は太田川はその昔の度重なる災害によって出来た川である、という話を私が聞いたのは広島に暮らし始めて優に10年以上が過ぎた頃でした。
古来、太田川の上流は有力な砂鉄の産地で、森を切り開いてタタラ場を作り、砂鉄を採集するために大量の土砂を排出していた為に、しばしば大規模な水害を引き起こしていたようです。
全てを押し流す大きな水の流れがやがて川となり、水と一緒に押し流された土砂が堆積し、太田川下流域では今日、日本でも有数の三角州地帯を形成しています。
中世になるとその三角州に広島城を築城され、築城の際は太田川を水路として上流域から木材を運搬し、太田川を天然の堀として設計したのだそうです。
 
森の恩恵を受けて広島藩は繁栄し、
森の持つ圧倒的な力に恐れおののきながら広島は発展してきました。
その広島に、昭和20年8月6日。
悲劇が起こったのでした。
 
「70年間は草木も生えない」と言われたあの日から70数年を経た現在。
広島の街は緑で溢れ、被爆の3日後から運転を再開した市内電車は今でも市民の足として広島市内の交通を支え、世界中から旅行者が訪れ広島の破壊と再生の奇跡に心を寄せ、祈られる姿がみられます。
 
広島には世界中から様々な祈りの気持ちが寄せられ続けたのだと折に触れて感じます。
もしかしかしたら広島は、世界でいちばん、祈りの気持ちが向けられてきた場所なのかもしれません。
 
その広島で、私たち「Heart of Peace ひろしま」は音楽を通して平和を伝える活動を行なっています。
太田川の源流域である安芸太田町で開催している「あきおおた国際音楽祭」は来年で10回目を迎えます。
 
音楽には不思議な力があります。
人の心の根元の綺麗な綺麗な気持ちを呼び覚ます力が。
 
美しい音楽で心が満たされた時、私は思わずにいられません。
命を育む豊かな森を
命を守る美しい海を
豊かなままに美しいままに後世に手渡していきたいと。
 
あきおおた国際音楽祭を続けるうちに、ぼんやりした思いだった「音楽の持つ力」を確信に変えて、
被曝建物である旧日本銀行広島支店を会場に音楽だけでなく広くアートを通じて平和を発信する「平和と美術と音楽と」や、
広島から世界へと活動の幅を広げてヨーロッパツアーを行なった「広島から平和の調べを
など、活動の幅を広げていくうちに、私たちに 一つの夢ができました。
 
「自然と調和した音楽ホールとアートの森を作りたい。」
 
緑溢れる森のような公園とその向こうに広がる水鳥が訪れる海。
森と海を、光と風を感じるそんな場所で、上質の音楽で心身を満たせるような。
偉大なるアートを前に自らのうちに深く問いかけるきっかけになるような。
訪れた人の心をやわし、未来を担う若者の感受性と可能性を育み、そこに住む人の誇りとなるような。
 
音楽とアートと自然が、一体になった場所です。
 
 
森を森のまま、自然を自然のまま、太古の昔そのままの手つかずの自然に戻すことは難しいかもしれません。
 
だけど、削られ、切られ、掘り起こされ、それでもなお私たち人間を育んでくれている自然に対してできることの小さな一歩は、そこに感謝の気持ちを持ち、喜んで生きることなのではないかと、私は思うのです。
 
だから。
復活と再生の歴史を持つ広島で。
世界中から祈りの届けられる広島で。
森によって育まれ形作られた広島で。
 
広島から平和の調べを、美しい音楽に乗せて響かせたいと
偉大なるアートに寄せて発信したいと思うのです。
 
 
【投稿者】
 渡邉由紀子
  (NPO法人 Heart of Peace ひろしま 事務局)
 
【投稿日】
 2018年10月31日

みんなの力と森


 

 

 
私ひとりだけでは、到底成し遂げられないことが、
この世の中には、たーくさんあります。
それはもう星の数ほど、たくさんたくさん。
 
朝起きてから、夜眠りにつくまで。
それはもう星の数ほど、たくさんたくさん。
 
みんなで力を合わせることで、支え合うことで、
初めて成し遂げられることが、
この世には、なんと多いことか~!^^
 
 
もし、ドラえもんの「どくさいスイッチ」(邪魔で消したいと思ったものを消すことができるスイッチ)が現実の世界にあったとして、
「自分以外の人類は、みんな消えてしまえ」
と願いながらそのスイッチを押したなら、のび太くんでなくても、誰もが耐え続けられないのではないでしょうか?
自分たったひとりだけで、生きていかなければいけない世界に。
ましてや、現代の私たちの都市生活システムをたったひとりで維持しようものなら、なおのこと。
 
「風」が、「林」が、「火」が、「山」が、
何も変わることなく、そこに存在し続けられたとしても、
人社会は、決してそうはいきません。
 
脆弱なること、現代社会の如し!^^
 
 
みんなを笑顔にしてくれる人がいて、
料理が得意な人がいて、
歌が得意な人がいて、
人を楽しませることが得意な人がいて、
足腰に自信のある人がいて、
知恵を分けてくれる人がいて、
技術を与えてくれる人がいて、
経験豊かな人がいて、
アイデア豊かな人がいて、
遊び上手な子どもたちがいて、
遊び上手なおとなたちもいて、
やさしい気配りのできる人がいて、
他にも、いろんな力を分け与えてくれる尊い人たちが、
たくさんたくさんいて。。。
 
互いに信頼できるたくさんの人たちの、たくさんの力が集まり、ひとたび、ポジティブな人と人との化学反応(ケミストリー)が起きはじめたとき、誰もが想像もしなかったような大きな大きな力へと飛躍する瞬間があります。
台風をも凌ぐほどの力強い現象として、渦をつくり始める瞬間が。
 
パワフルなること、ピープルの如し!!^^
 
 
三井寺(滋賀県大津市)での森づくりワークショップ
みんなでつくる みんなの森」も、
そのような場のひとつであり続けて欲しい。
 
9/16に開催した『みんなでつくる みんなの森 vol.2』
にご参加くださったみなさま、
本当に、ありがとうございました。
(上の掲載写真は、その日の森づくりワークショップの様子です☆)
 
ご参加くださった人たちがいて、
森をケアしてくれた人たちがいて、
姿を変え出し始めようとしている森がいて。。。
 
恵みを与えてくれる森がいて、
恵みを与えてくれる川がいて、
恵みを与えてくれる海がいて。。。
 
どうか、森さんも、川さんも、海さんも、
「みんな消えてしまいませんように」^^
 
 
P.S.
来年3月に開催を予定している『三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.3』では、いよいよ自然配植による植樹の開始を予定しています!^^
(詳しいことが決まり次第、追って当ブログにてお知らせいたします。)
 
みなさまの、おひとりおひとりの、
「参加スイッチ」を心よりお待ちしておりまする~☆彡
m(_ _)m
 
春の入口で、
みなさまとお会いできることを、
たのしみに。^^
 
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2018年9月30日

兵糧攻めと森

少し風変わりな質問(ゲーム)をひとつ。
「もし、あなたが現代の日本を植民地化した宗主国の統治者だとして、今後さらに日本への支配力を強化するために、あなたはどのような策を講じますか?」
 
一見、非現実で飛躍したように思えるこの質問。
ですが、皮肉にもこの質問に答えるプロセスから、現実を浮き彫りにする、真実を直視するきっかけを、見出せるかもしれません。
もしよければ、この「想像ゲーム」のプレイヤーとして、日本を徹底的に「支配」してみてください^^
 
 
私のゲーム攻略なら、こんな感じです。
まず、食料をつくる権利を制限します。
作物のタネは勝手につくらせません。
種子を制する者は、食料を制するからです。
水を利用する権利も制限します。
ただし、一定の金額を支払う者にのみ、タネや水の利用を許可します。
もし、タネや水の価格のつり上げが反発を強めるようなら、下手に価格のつり上げは行いません。
そのかわり、言うことを聞かない場合の制裁措置として(つまり、脅しの道具として)、常に値上げ案をチラつかせておきます。
 
そして、森です。
いずれ宗主国(統治者)側で定住活用をする予定でいない限り、
つまり日本が使い捨ての国土に過ぎない限り、
今の荒廃した森は、そのまま放置します。
統治者側にとって「無駄な」出費と労力は割きません。
お金にならないものに出費と労力を割くのは、無価値なことと考えるからです。
それよりも、統治者側の「上がり」を増やす他の事業を優先します。
 
もしも、治山事業に出費と労力を割くことがあったとしても、わざと「合理性を欠いた三流の公共事業」をポーズとして適当に進めておきます。
世間をそれなりに煙に巻ける程度に。
 
せっかくなので、三流の公共事業から湧き出る「小銭稼ぎ」も怠りません。
権限強化のために、取れるところからはしっかり取っておきましょう。
ただし、植民地の「生産性」が下がらない程度の最低限のインフラ整備は、「設備投資」としてきっちり実施します。
 
また、土砂災害などで植民地生活者の安全を脅かす不安定な森でいてくれる方が、かえって支配継続の条件が揃って好都合と考えます。
 
たとえ、水源地の生態系がさらに崩れようと、
たとえ、数十年後の湧水のミネラル分が乏しくなろうと、
果ては、湧水そのものが涸れてしまおうと、
日本の劣化そのものは、統治者側にとってはどうでもいいことです。
それどころかむしろ、危険と常に隣り合わせに居させることは、統治力をより強化するチャンスと捉えます。
 
あながち、非現実なお話じゃないかもとお思いですか?
案外、飛躍したお話とも言えないかもとお考えですか?
 
そこはプレイヤーである皆様それぞれの、
ご想像にお任せいたします。
 
 
【参考文献】
・『沈黙の春』
 レイチェル・カーソン 著 青樹簗一 訳(1974)新潮文庫
http://www.shinchosha.co.jp/book/207401/
・『種子が消えれば あなたも消える ―― 共有か独占か』
 西川芳昭(2017)コモンズ
http://www.commonsonline.co.jp/books2017/201709tane.html
・『タネはどうなる?! ―― 種子法廃止と種苗法運用で』
 山田正彦(2018)サイゾー
http://shop.ruralnet.or.jp/b_no=05_86625104/
 
【投稿者】
 松田卓也(アースフォレストムーヴメント)
 
【投稿日】
 2018年8月31日

『三井寺 みんなでつくる みんなの森 vol.2』 9/16開催のお知らせ


 
三井寺 森体験ワークショップ
みんなでつくる みんなの森 vol.2
『 アイデア芽吹く 森の時間 』
 
【目的は・・・?】
・三井寺の森のことを知ってもらう、きっかけに。
・身近な森に触れ、森のよさを感じてもらう、きっかけに。
・みんなで末永くケアし続ける「三井寺 森づくり」の、きっかけに。
 
【プログラムスケジュール】
10:00~  マーケット、メインステージ 開始
12:00~  みんなでつくる みんなの森 vol.2 『 アイデア芽吹く 森の時間 』(ステージプログラム)
 
夏と秋のはざまにだって、
三井寺オーガニックマーケットでなら、
いろんなアイデアたちが芽吹き出す! ↑↑^^
 
三井寺の森づくりのこれからについて、会場中のみんなで自由に意見を出し合って、たくさんのインスピレーションの種たちを、みんなで芽吹かせちゃいましょう~!! ↑↑↑^^
 
森林インストラクターの吉野浩樹さんにも、ご参加いただきます ☆彡
質問したいことあれば、この機会にぜひぜひっ!!^^
 
★吉野さんプロフィールと三井寺森づくり映像はこちら ↓

 
13:00~  ワークショップフィールドまで徒歩移動開始(一部車移動も)
13:30~  ワークショップ開始
・森林インストラクター 吉野さんからの本作業説明
・本作業(子ども対象の体験プログラム含む)
14:50~  観音堂上の広場まで下山
15:00頃  広場にて解散
 
※解散後、各自、徒歩または車にて下山。
※参加者は、ボランティア保険に加入。
 
持ちもの:軍手。飲みもの。お持ちであれば、ノコギリと剪定(せんてい)バサミ。
服装: 作業のできる長袖、長ズボン、靴。必要に応じて、帽子。
参加費用:おとな300円 / こども150円(ボランティア保険含む)
定員:30名まで
当日連絡先:担当:松田 070-5655-1726
 
☆雨天の場合は、三井寺の屋内にて「木工バッジづくりのワークショップ」へ
 
【お申し込み】
①三井寺森体験ワークショップ 「みんなでつくる みんなの森」
FBイベントページで、参加予定をクリックする。
または、
②takuya@peace2001.org(担当:松田)へ
参加者氏名・人数・当日連絡のつく電話番号を送信する。
のいずれかで。
 
☆どちらの申込者も、当日12:30までに、会場受付にて『当日受付』をお済ませください。
 
【主催】オーガニック & つながるマーケット in しが
(三井寺・オーガニックマーケット)
 
・ウェブ
http://organicmarketshiga.shiga-saku.net/
 
・Facebook
https://www.facebook.com/pages/category/Community/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%8B%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88in%E3%81%97%E3%81%8C-277364832336963/
 
【共催】アースフォレストムーヴメント
http://earth-forest.jp/

三井寺の森の再生をてがけて

より多くの人々とともに育てたい
三井寺の森づくりのために
 
  NPO法人 森林再生支援センター 専門委員 高田研一
 
 
1. 日本の森、三井寺の森の現況
この10年間のわが国の森林の変化は劇的なものがあります。サルやシカ、イノシシなどによる獣害、カシノナガキクイムシなどによる虫害などが発生しており、とくにシカよる被害は、山野草の喪失にとどまらず、森林の後継樹が発生できなくなり、森の世代交代にとって大きな脅威となっています。200年後にはわが国の国立公園の3分の2が失われるのではないかとの予測もあります。昨今、野山を歩くと、鳥のさえずりがめっきりと減り、蝶は飛ばず、蜂の数が減ったために虫媒花を持つ樹木の種子ができにくくなっている現実があります。
 
三井寺の森は明治期に至るまでは、現在よりもさらに広い寺領を誇ってきましたが、上知令によって明治政府に取り上げられる歴史を経て、現在の規模となったことはご承知の方々も多いかと思います。しかし、その後の三井寺関係者の森へのご努力は多大なものがあり、周辺部が旧来のコナラなどの落葉広葉樹の薪炭林、アカマツ林のままに放置されてきたのに対して、山域の実に8割の面積にも及ぶ森林を丹念にヒノキの苗木を植え続けてこられました。ちょうど三井寺の山域の土質には粘土分が多く、価値の高いヒノキを植えるのに適していると思われたことがあったかと想像されます。
 
しかし、この広大なヒノキ人工林は残念ながらわが国の他の地域と同じようにドイツ式の造林手法を用いて造られたものですから、信州や紀伊半島の奥山にみるヒノキ天然林とは多少様相の異なるものとなっています。ヒノキよりは背丈の低いさまざまな種類の落葉樹、常緑樹がありません。その代わり、激しい競争の中で敗者も勝者もぎりぎりの生活を余儀なくされる込み合った空間がそこにはあります。このため、適度な間伐を何度か繰り返さなければなりませんが、これは当然税金を当てにして行われることになります。それで最後(社寺建築に用いるには300年は必要です)には価値のあるヒノキ材が得られるのでしょうか。その実績はどこにもありません。ただし、金剛峯寺では350年生に及ぶヒノキ人工林を有しており、そこは広葉樹の多く混じる天然林に近い森の姿となっていますし、ヒノキの材質もきわめて価値の高いものです。
このようなヒノキの育つ場所はどこでもよいといったものではありません。
粘土質の土壌であるだけではなく、それが広い尾根筋の風化した岩盤上に動くことなくしっかりと乗っている場所が最適です。信州でも紀伊半島の天然林でも、金剛峯寺の造林地でもそうです。
 
このような良い場所は三井寺の山域でも認められますが、その範囲を調べてみますとほぼ山域の10%程度であることが分かりました。本当に価値の高いヒノキを生み出した立地はそれほど広い範囲にはないのではないかと思われます。
だからこそ、多くの樹木が多くの種類の森の形を形成するわが国の多様な自然の形があるのだろうと考えられます。
つまり、山域の80%に及ぶヒノキ林のうち、多ければ70%にも及ぶヒノキ林がもしかすれば長い歳月に耐えないものである可能性があります。
 
福家俊彦執事長が私どもがご相談にあずかるときの最初に仰ったことに、「動物も植物もあらゆるものが森の中で生きていけるような森づくり」というのがありました。獣害で堂宇に被害さえ出る中で、さすがに山川草木悉皆有仏性の心が息づいておられることに感激致しました。また、三井寺の森だけではなく、延暦寺の森にまで、周囲の森にまで至るようにというお言葉もありました。ありがたいことです。
この森づくりは長い戦いになります。自然体でやらなければ続きにくいことです。工夫も知恵も要ります。御寺の意思が遍く山に広がり、人々に届くようにと、私どもは粛々とそのお手伝いに微力を講じるのみです。
 
2. 三井寺の森の再生
三井寺の森は、ヒノキ林、シイ林が主体となり、これにコナラ林、アカマツ衰退林が少しあります。ヒノキ林については大津南部森林組合の努力もあって、できる限りの手入れもなされていますが、それ以外は放置状態にあります。ここで目指すべき「森=仏性豊かな森づくり」を実現していくための基本的な方針を整理しておきます。
 
(1) 生きとし生けるものが生きる場となる森づくり
(2) 将来豊かな地域生態系の一部となる木を育てる
(3) こもれ日が射し、風が通る森づくり
(4) さまざまな年齢の樹木が共存する森づくり
(5) 防災的に安心な森づくり
(6) 森厳性のある美しい景観づくり
(7) 300年の歳月で三井寺を支えるヒノキ林の育成
(8) 多くの縁のある方々と一緒につくる森づくり
(9) 人の都合だけ、その時の都合だけに拠らず、自然の都合も聴く森づくり
(10) 無理をせず、自然体で、それでいて技術にすぐれた森づくり
 
3. 森づくり、森の再生に向けた費用に対する考え方
無理のない森づくりを志向しても、実際には相当程度の費用を必要とすることは明らかです。
費用については、三井寺はじめ各社寺でお考えいただくべき内容ではありますが、外部の参考意見としての考え方を整理しておきます。
(1) 費用の原資は、①各種補助金の活用、②御寺、檀家等関係者による負担、③新たな個人による負担、④新たな企業等団体による負担がある。
(2) この内、③新たな個人による負担の可能性が最も高い。
(3) 新たな個人による負担の場合、御寺側が提供できる便益に対する対価としての費用負担となる。
(4) 御寺としての大原則に則り、将来の宗門発展にも結び付く事業であり、かつ出資者個人の便益につながる事業としての森づくりを構想できるかどうか。
 
4. 高齢者からのニーズ
前項を踏まえて、個人出資の可能性に係る検討を行ってみます。
 
かつての家族の形が変化し、今どこもが小家族で暮らす時代になってきています。昔は子や孫のために木を植えましたが、長子相続ではないためにせっかく植えた木の相続がだれになるかさえ、当事者でも分かりにくくなっています。老人の介護は家族ではなく、プロの手に委ねられるようになってきました。
多くの定年退職された方々と話をすると、山で少しの骨灰をうずめ、そこに1本の木を植えて欲しい。自分がそこへ帰っていく気持ちになるような、そんな葬られ方も良いという意見を多く聞くようになってきました。
 
還るべき地としての山、森…。
 
ヒアリングを実施しますと、実際には様々な意見がありました。
「足腰がしっかりしている内に、近くのきれいな山に登り、自分の気に入った木を1本植えたい。自分が死んだら、息子に一度だけその木を見に来て欲しい…。そのための小さな印があるだけでいい。」
「焼き場でお袋のお骨拾いをしたら、まだいっぱい骨が残っていて、その残りをほんのちょっと手の中に握った。握った手を開けたくなくて、そのまま帰り途でティッシュに包んで大事に持っている。これを土に還せないかしら…。」
「私が死んだら、景色の良い山に灰を巻いて欲しい。そこで木の養分となれば幸せ…。」
 
食べることと同様に、死に葬られることも大事なのに、死にゆく者の意思が伝わりにくい世の中という意見もありました。
「十分すぎるほどの年金も資産もあるのに、子どもたちに遺産として残すのがよいか、荒れた山の森づくりに役立てられることが良いか、どちらが良いか分からない。森づくりに役立てられる道筋が見えないから。」という声もあります。
 
(納得できるという意味で)死にゆく者のためになり、山や森のためになり、寺のためになり、遺族にも喜んでもらえる形があるのではないかと考えます。
 
5. 山の中の小さな造園空間=小さな植樹事業の提案
社会の意見、とくに高齢者の意見を聞いてみますと、残された時間、充実したひとときを山で過ごしたい。そこで、何か小さな痕跡として1本の木を植えることができたら良い、という考え方がありました。
また、父や母、夫や妻が亡くなり、故人の好きであった小さな形見を土に埋め、そこに木を植えること、場合によっては小さな袋に入れた骨灰を埋めて、木の育ちを待つ。ときおり、遺族が山に登り、植えた1本の苗木がここまで大きくなったと故人を偲びながら時間の過ぎゆくことを感じるような森づくり事業があってもよいかと思われます。
このとき、骨灰をうずめると墓地法の制約を受けることとなりますが、形見を埋めるだけであれば、この限りとはならないことがあります。場所によって、色々と考えてみることができるかもしれません。
 
苗木を植えるときには、植えるのに適した季節を選び、山でひとときを過ごします。そのために、木を植え、腰を下ろす場づくりとして、10~15㎡を用意します。この範囲では、じかに座ることができ、木陰でもよく耐えるシバ(センチピードグラス)の種子を撒いて小さな芝生とします。
植える苗木の種類は、この山の豊かな生態系を構成する樹種の中から何種類かを示して、選んでいただきます。もちろん、植えるときには三井寺の専門家が立ち会うこととなります。
この植樹は大規模に行うことはありません。必要な範囲をできる限り少しずつ広げていくことが良いのではないかと考えています。
周りの森づくりを阻害する、あまりにも増えて多すぎるヒサカキやサカキを除伐し、風通しと光の射し込む空間をつくりますが、あまりにも多くの木を一斉に伐り過ぎると、森に光が入りすぎて苗木がうまく育たないこともあります。
 
20年、30年と大事に木を育てていただく場ですから、心安らぐ空間となるような景観的な配慮は欠かせません。林業技術だけでは難しいところは京都の作庭の技術も取り入れることを考えています。
それでも一つの家族のために提供するこの小さな場と小さな森づくり事業に要する実費は墓石を設置するほどは掛かりません。
 
6. 森づくりの手法:1本ずつの木々を重ね合わせて森をつくる
上に簡単にまとめた個人向けの小さな植樹事業が目指すべき「動物も植物もあらゆるものが森の中で生きていけるような森づくり」につながっていくかどうかが問題です。
 
小さな森づくりのために用意された場は20~30年が貸与の限度と考えます。木が大きく育つとともに人々の記憶も遠ざかります。しかし、木は200~500年の長きにわたって生き続けていきます。人の手から離れて、健全な森の一部として、その木が役立つときはさらに先になるわけです。
そこで、小さな植樹事業が大きな健全な森へと育っていくための、森にとって必要な樹木の配置計画も考えていくことが求められます。ただし、この計画は間違いのないようにゆっくりと立てていっても良いかもしれません。
 
7. おわりに
20世紀の終わりころから、森林の状況は、自然林も人工林も予断を許さない状況となってきました。
現代の文明が遠い将来を念頭に置いた経済の仕組みとはなっていないことが、森林の経済性、公益的機能の後退、シカによる食害などの危機を招いた原因なのかもしれませんが、いつまでも嘆いてはいられません。
新たに木を植えなければ、森林のかたちを残せないという危機感の下で、超長期的な視点で行う森づくりには、社寺のお力添えをいただきたい、また資金的余裕のある高齢者からも、自らの魂の原点としての山に少しの樹木を育てる費用をちょうだいしたいとも考えて、本稿を書きました。三井寺から始めた、この運動が少しでも世に広まることを祈念しながら…。
 
【投稿者】
 高田研一
 (NPO法人 森林再生支援センター 常務理事・高田森林緑地研究所 所長)
 
【投稿日】
 2018年7月31日